天皇陛下のプロポーズの場所が新浜鴨場の理由は?眞子さま・佳子さま姉妹初の鴨場接待とは?

天皇陛下のプロポーズの場所が新浜鴨場の理由は?と気になる方は多いと思います。

2019年5月1日に皇太子だった徳仁様は天皇に、雅子さまは皇后となりました。お二人の馴れ初めについては意外と知らない方も多いかと思います。

今回は、天皇陛下と雅子さまがどうやって結ばれたのか、出会いからご成婚に至るまでの馴れ初めやプロポーズをなぜ新浜鴨場にされた理由を紹介していきたいと思います。

ぜひご覧下さい!

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天皇陛下と雅子様の馴れ初めは?

引用元:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO31487040X00C18A6000000/

公式に発表されている情報では、お二人の出会いは1986年10月とされています。

1986年10月18日に来日されたスペインの国王カルロス1世の長女、エレナ王女を迎えた東宮御所での歓迎パーティーに雅子さま一家が招かれました。

天皇陛下,エレナ王女,画像このとき皇太子さまは26歳、雅子さまは22歳。

表向きは「小和田条約局長令嬢として参加したにすぎない」とされていますが、本当は将来のお妃候補の顔見せとして招待されていたようです。

事前に雅子さまのことを聞いていた皇太子さまは、実際に会って好感をもったとされています。

その後も、お妃候補のためか何度も顔をある中で、お二人は着実に交流を深めていきました。

しかし、天皇陛下と雅子さまの出会いは1986年10月とされていますが、本当はそれより前に出会っていたと言われています。

実はお二人は、1984年に二度にわたる極秘のフランス旅行を敢行されていました。

1984年の9月と12月、天皇陛下と雅子さまは、ドイツ国境に近いフランス・アルザス領コルマールという都市を、お忍びで旅行に訪れていたのです。

天皇陛下,雅子さま,お忍び旅行,画像お二人がその時、交際していたのか、その後自然消滅したのかは定かではありません。

ただ、確かにエレナ王女のパーティーよりも前に旅行へ言っていたという事実がありました。

雅子さま,週刊誌,画像

もしかしたら、宮内庁が雅子さまがお妃となることに乗り気ではなかったのかもしれません。

雅子さまはもともと、宮内庁が選ぶ「良家出身のお妃候補」ではありませんでした。

ですが、公式でお二人の出会いとされている1986年10月のパーティー直前、写真週刊誌「FOCUS」10/17号で『父娘2代の外交官誕生!』と、雅子さまの特集が組まれていました。

そして、パーティー当日の出席者名簿には、雅子さまの名前が手書きで急遽書き加えられていたと言います。

宮内庁は、お妃候補として旧皇族、旧華族から学習院関係者等の人脈を押さえていたそうですが、陛下本人は民間からの相手を望んでいたそうです。

天皇陛下は、大学時代は理想の女性像に「控え目だけれども、芯がある女性」と語っていたそうです。

記者会見で質問されたときには、こう語っていました。

天皇陛下と雅子さまの結婚には多くの反対がありました。数回の顔合わせで、雅子さまに惹かれていった天皇陛下。

しかしながら、宮内庁の人間や当時まだご存命だった昭和天皇は反対をされていたと言われています。

昭和天皇,画像反対をされた理由としては、雅子さまのお家柄がネックだったようです。陛下の結婚相手となる方については、宮内庁が家柄や異性関係を調査します。

その結果、雅子さまの母方の祖父・江頭豊さんが、水俣病の原因となったチッソ社の社長であることが判明しました。

雅子さま,祖父,江頭豊,画像「世紀の企業犯罪」と呼ばれるチッソ社のトップを家族に持っているため、宮内庁内でも結婚に反対する声が多く上がったようです。

宮内庁も、雅子さまとの縁組を断念するよう陛下を説得したと言われています。

マスコミの報道も加熱し、天皇陛下と雅子さまは一度結婚を断念したそうです。

1989年1月、昭和天皇がご崩御され時代は昭和から平成に変わりました。皇太子となった陛下に、マスコミが再び殺到。

毎年のように陛下に「理想の女性に出会えましたか?」と質問をされ、

陛下は「理想の女性に会えたかもしれないし、会えなかったもしれない。」と答えていましたが、実はまだ雅子さまのことが心にあったと言います。

この頃、宮内庁長官には「やはり雅子さんでなくては」と伝えていたんだとか。雅子さま以外の女性は考えられなかったということですね…!

雅子さま,画像

1992年1月に陛下は東宮関係者に「小和田雅子さんではだめでしょうか。」と伝え、再度お妃候補として進める計画が始まりました。

そして二人で会えるようにセッティングをしてもらいました。

1992年10月3日、マスコミに嗅ぎつかれないように、ワンボックスカーに乗り込んだ陛下は毛布や段ボールで隠され(笑)皇室が接待に使用する千葉の宮内庁新浜鴨場へ向かいました。

そして陛下の「皇室に入られることにはいろいろ不安もおありでしょうけれども…雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから。」

雅子様   「本当に私でよろしいのでしょうか?」

天皇陛下  「はい。」
雅子様   「お受け致します限りは、殿下にお幸せになっていただけるように、そして、私自身もいい人生だったと振り返られるような人生にできるように努力したいと思います。」
出会いから6年、困難を乗り越えてお二人は結ばれることとなりました。

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天皇陛下のプロポーズの場所が新浜鴨場の理由は?

引用元:https://www.sankei.com/premium/news/190305/prm1903050002-n1.html

天皇陛下のプロポーズの場所が新浜鴨場の理由は?

1992年10月3日、マスコミに嗅ぎつかれないように、ワンボックスカーに乗り込んだ陛下は毛布や段ボールで身を隠され、皇室が接待に使用する千葉の宮内庁新浜鴨場へ向かいました。

やはり誰もが気になる陛下の結婚相手。マスコミもあの手、この手でスクープが欲しいです。

そこで、高級車ではなくどこにでも走っていそうなワンボックスカーで毛布や段ボールで完全に身を隠し、マスコミが入って来れない千葉の宮内庁新浜鴨場を選ばれたみたいです。

新浜鴨場であれば、落ち着いて雅子様と2人で真剣な話し合いやプロポーズも出来ると考えられたんでしょうね?

まさか新浜鴨場?とはマスコミも考えなかったんだと思います。

しかし、天皇、皇后ともなるとどこ行くのも大変ですよね?1人で自由に行動できませんからね。

お金に困る事はないと思いますが、一般人と違って自由というものは奪われます。どっちが幸せかは人それぞれで価値観は違います。

天皇陛下と皇后雅子様を見てると、なんか幸せな気分になり、ほっこりします。本当に雅子様の笑顔に癒されます。

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